サンプラスチックス株式会社 桃井 秀幸 社長
桃井社長、本日はよろしくお願いします。早速ですが、サンプラスチックスさんは何をされている会社ですか?
私たちは主に食品包装容器の企画や設計・製造をしている会社です。食品包装事業と比べると数は少ないですが、他に医療関連品や日用品の容器も造っています。
1日にどのくらいの数の容器を造っているんですか?
本社工場だけで200万個以上の容器を造っています。
凄い数です!どこで造っているんですか?
工場はここ本社(精華町)と東大阪の高井田にあります。
なるほど。ちなみに、どのように包装容器を造っているんですか?
主に射出成形という手法で製品を造っています。射出成形とは原料のプラスチックペレットを熱で溶融し、金型内に射出した後、冷却固化することにより、樹脂製品を得る成形方法です。
できた製品は例えばどのようなものに使われているんですか?
食品包装容器で言えば、プリンやゼリー、マーガリン、アイスなど、スーパーやコンビニでよく見る製品に使われています。

私たちの身近なところで活躍されている製品ばかりですね!創業当時から食品包装容器を中心に造っていたのですか?
弊社は1957年に創業された会社で、今年で65期を迎えます。実は創業当時から食品包装容器を中心に造っていたわけではありません。食品包装事業は1980年代後半から徐々に私たちの中心事業になりました。
そうなんですね。
創業当時は色々な種類のプラスチック製品を扱っていました。そして、クリーンルーム内で製造される、衛生面に気を遣う製品は全体の2割程度でした。しかし、時代の流れとともに、製品として付加価値の低いものは安さが求められるようになっていったので、弊社の主力事業には高付加価値の食品包装事業を選択し、クリーンルームの面積を増やしていきました。
どうしてそこで食品包装事業を選んだのですか?
食品包装事業は日本の食文化に関わる事業だからです。いくら海外の製品が安いとは言え、食品包装容器に関しては安全性が最も重要なので、日本国内で製造される安全性で勝負ができました。
生き残るために、事業における「選択と集中」を実行されたんですね。「選択と集中」に関してお聞きしますが、包装用プラスチックを取り扱う会社として、環境問題に対応せざるを得なかったと思います。その際、サンプラスチックスさんはどのような「選択と集中」をされたのですか?
環境に配慮された商品が注目されたとき、世間で「3R(Reduce(リデュース/減らす)、Reuse(リユース/再利用)、Recycle(リサイクル)の略)」が広く叫ばれました。そして1990年代に、私たちはその「3R」の中からリデュースを選択しました。
どうしてリデュースなんですか?
お客様は中身を簡単に・安全に運搬するために食品包装容器を使っているからです。リサイクルは簡便ではないという点で本来のプラスチック製品の役割を失います。そして、リユースは再利用なので、食品包装容器には不向きな選択肢でした。なので、結果的にリデュースに着目し、環境に配慮された製品の開発に努めました。
具体的にどのように努められたのですか?
まず、容器の厚さを薄くするための技術開発を行いました。金型と射出の技術力を向上させることで、薄型容器の開発に成功し、さらには容器包装リサイクル法(容器包装廃棄物を資源として有効利用することにより、ごみの減量化を図るための法律)の制定が追い風となり、地球だけではなく、取引先のお客様にも喜ばれる結果になりました。
社会のニーズにもしっかりと対応されているんですね。
さらに容器の付加価値を上げるべく、包装容器に直接、装飾を施す、インモールドラベル成形を駆使し、さらには製造設備自体を独自開発(※特許取得)することで、生産性の飛躍的な向上と大幅な工数削減を実現しました。
自社の開発力で、上手に他社と差別化されたんですね。流石です。どうしてそんなにも開発力があるんですか?
私たちは開発力に優れていると言うより、改善力に長けていると思います。既存にあった技術を幾度と改善して、独自の技術にすることができました。もちろん、そこには人が欠かせません。世代を超えて活躍していかなければならないので、採用には力を入れています。
採用に関して、例えばどんな取り組みをされたのですか?
例えば、2013年に東大阪からここに本社を移転しました。というのは、社員の住みやすさ、働きやすさを考えると、精華町はとても良い場所だからです。実際に、応募人数も飛躍的に伸びました。

学生にとって働く環境が良いのはとても魅力的です。では、そんなサンプラスチックスさんのこれからのビジョンはありますか?
私は人的資源の新陳代謝を大切にしていますので、これからのビジョンは次の世代に考えて貰いたいです。それが私の想いです。私はそのために採用、教育、成長機会の投資に尽力し、最終的に次の世代が経営に携わるようサポートすることがトップである私の仕事です。
実際に、人的支援の新陳代謝は進んでいますか?
2013年の3月に新大阪からここ精華町に本社を移転したんですが、その移転した前後に採用した方は今年新たに取締役になりました。私が引退するまでに30代前後の社員を5人以上役員にしたいと思っています。

経営陣に若手を抜擢されているんですね。経営者としてとても素晴らしいお考えだと思います。桃井社長は学生時代から経営者になりたかったのですか?
私の生家が自営業でしたので、将来は家業を継いで経営者になるという環境下で育ち、実際に、大学在籍中に実家の会社の社長をしていました。なので「経営者になりたい」という意識ではなく、「将来は経営者しかない」という意識を持って育ちました。実は、サンプラスチックスは妻の父親が経営する会社で、妻の兄弟が継ぐことが出来ないという理由で、私の家業は弟に任せて、私がサンプラスチックスを継ぐことになりました。
なるほど。幼少期から人一倍に、トップにならないといけない責任を背負っていたんですね。では、そんな桃井社長の「求める人物像」を教えてください。
がっつり系な人が欲しいです(笑)。
桃井社長の言う「がっつり系」とはどういうことですか?
他人や組織に頼らず、ガツガツ成長したい、時間が惜しいと思う人です。
どうしてそう思うのですか?
会社を引っ張ってくれるからです。人生はどこかで必ず競争しないと生き残れないので、会社として生き残るために必要な人材だと思っています。
多くの経営者さんが言うように、やはり積極的な人物は魅力的ですね。
私は今年63歳になるのですが、私が社会に出たときと比べて、がっつり系は少なくなっているように感じます。「うかうかしてたら収入がなくなる!」という強迫観念のもとに仕事をする時代ではなくなったのでしょうがないですが、学生さんにも是非社長を志してほしいです。
それは桃井社長自身がそのように育ったからですか?
そうですね。私自身ががっつり系でした。その時の時代背景や私が育った環境もありますが、私は幼少期から「競争しないと生き残れない」という強迫観念をずっと持っていました。
では最後に、大学生にアドバイスをお願いします。
まず、自分たちが今、置かれている環境が全てではないことを理解してください。世界を見渡せば、経済的に恵まれていない若者は多くいますし、逆に恵まれている人もいます。そういう環境を知り、自分は将来どうなりたいのかを、できれば学生の間に明確にするべきです。早ければ早いほど良いです。自分が決めた進路が途中で変わることもあると思いますが、それは最初の決断が早かったからこその成果です。
自分と他の人の置かれている環境を知った上で、どのように自分の人生の方向を決めたら良いですか?
欲してください。お金、時間、彼・彼女、車……、人はそれぞれ欲しいものは違います。その自分の欲しいものを手に入れることのできる自分の将来に向かえば良いと思います。欲することもしないで、与えられるがままに生きると満足のいかない人生になります。
貪欲に生きるべきですね。桃井社長、本日はありがとうございました。
